「バイブル」 それは聖書
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「バイブル」が「聖書」であることは中学生も知っているが、意外なことがある。その一つは、「バイブル」を「聖書」と言うようになったのは極く最近だということである。
足利時代末期、ザビエルの来日後、キリシタン、コレジョ、オラショ等キリスト教用語が日本語に入った。ところが「聖書」を現す語も、勿論日本語の「聖書」も登場していない。
江戸時代末期、プロテスタントの英米人宣教師が来て、「聖書」の日本語訳をはじめた。そして1872年、部分訳『新約聖書巻之二 馬可傳福音書』が出版された。その後1879年に新約全体、188年に旧新約全体の和訳完成の時、タイトルは『新約全書』『舊新約全書』である。未確認ながら「バイブル」を「聖書」と訳した最初は変体仮名の元訳から文語訳聖書刊行の時と思われる。
また、英語の「バイブル」はギリシャ語の「ビブロス」が語源である。この「ビブロス」は新約聖書に10回出てくるが「バイブル」と英訳されているところは1回もなく、「ビブロス」の原意「ブック(本)」と訳されている。さらに英語訳の旧約全体に「バイブル」は一度もない。
日本語聖書では「聖書」は旧約には全くなく新約には46回出てくる。
「バイブル」それは「聖書」と分かり切っているようで、興味尽きない。このクリスマスの時、本棚に鎮座まします聖書を取り出し、ちょっと調べてみては如何か?
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(参考:千代崎秀雄著「日本語になったキリスト教のことば」講談社) |
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目には目、歯には歯 −誤解では横綱級−
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この句は、聖書にあるという知名度、使用頻度、そして意味の誤解では横綱級でしょう。
誤解は現代人だけでなく、イエス様の時代の聖書の専門家たちも、旧約聖書に出てくる前後関係を無視し、人々に教えたために、人々は個人的恨みを報復できると誤解したのです。イエス様はその誤解を解こうと「『目には目で、歯には歯で』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。悪い者に手向かってはいけません。あなたの右の頬を打つような者には、左の頬も向けなさい」(マタイの福音書5章38、39節)と言われたのです。
ところが、ロシアの文豪トルストイはこれをも誤解して、逆に絶対無抵抗主義、裁判や国家権力の否定を唱えたのです。
もともと、旧約聖書にはこの句は3回出て来ます。それは単なる繰返しではなく、1回目は、弁償義務の誤魔化しの阻止、2回目は、人種的偏見から刑を重くしないため、3回目は、同胞に対して義理人情で刑を軽くしないためなのです。つまり、この句は刑法におけるエゴイズムや人種差別を防ぎ、市民の被害を守る救いの法律だったのです。
だからイエス様は「『目には目』は、残酷なリンチの許可ではなく、個人の恨みを捨てて裁判官に委ねるように、また外国人への偏見や同胞への偏愛で刑罰が左右されないように定められた法律なのだから、その精神通り、自分で仇討ちしたり、リンチを加えようと考えてはならない」と言われたのです。
再び9.11が巡ってきた今、アフガン及びイラク戦争は「目には目」を誤解した行為か否かを考えて見よう。
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(参考:千代崎秀雄著「日本語になったキリスト教のことば」講談社) |
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日曜日 −イエスの復活と休日−
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1週間が7日なのは、創世記にあるように神がこの世界を6日間で創造し、7日目(安息日)に休まれたことに由来する。
ではその7日の名前はどうだろう。呼び方は国によって異なるが、聖書とはほぼ無関係で、英語では北欧の神話に、フランス語ではローマ神話のマーキュリーやヴィーナスなどに、日本語は中国の五行説に起源を持つといわれている。
その中の日曜日も、聖書とは直接関係ないと思うほうが常識的だ。どうしてこの日曜日を聖書のことばとしてとりあげたのか不思議に思われるのも無理はないが、「日曜日」という名称よりも、日曜日を休日にする習慣が聖書と密接な関係があるのでとりあげた。
『広辞苑』には「日曜」の項に「週の第1日、官公庁・学校及び一般企業で休日とする」(第五版)とある。実は、日曜日を週の第1日として休日とすることは、イエス・キリストが十字架につけられて死んだ後に復活した三日目が週の初めの日曜日だったことによる。
キリストの復活に出会い、キリストを救い主と信じるようになったユダヤ人たちは、それまでのユダヤ教の休日である「安息日」(土曜日)に代えて、「週の初めの日」つまり日曜日を、「主の日」としてキリストを礼拝するキリスト教の休日とした。
キリストの誕生を祝うクリスマスがキリストの生誕後何百年も後に始まったのに比し、キリストの復活の日は、キリスト教の歴史の最初から礼拝する日とされ、ローマ帝国のキリスト教公認とともに休日として制度化されていったのだ。
キリストの復活など非科学的で信じられないという人が多いだろうが、日曜日に休むときに、そのキリストの復活が日曜日を休日にしたことをちらっとでも思い出していただけれぱ感謝、多謝。
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(参考:千代崎秀雄著「日本語になったキリスト教のことば」講談社) |
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愛(アガペー) クリスマスはその流れ
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日本語の「愛」は “愛でる(めでる)。美しいものを見て一時他の事を忘れて楽しむ” とか “愛しい(かなしい)。物事に感じて心の切に動くさま” を意味した。仏教では “12因縁の一つ。五官上の欲を貧愛すること” で、本質的には自己愛ゆえに、「愛」を否定する。
他方、キリスト教は「愛の宗教」と言われる。新約聖書の原語であるギリシャ語では、「愛」と訳し得る語が4つあり、それぞれ意味が異なる。
第1にエロース。これは異性間の愛、性愛。
第2にストルゲー。これは肉親間の愛。
第3にフィリア。これは一般的な人間関係の愛。これと兄弟(アデルフォス)との合成語がフィラデルフィア(兄弟愛)。知恵(ソフィア)との合成語がフィロソフイー(哲学)。
以上の3つは人間的な愛で、罪が混入して醜くなり自他共に苦しむ。その点仏教は愛のうつろい易さ等を見抜いていたといえる。
さて「愛」を表す第4のギリシャ語はアガペーである。相手の如何にかかわらず愛する神の絶対的愛である。先の3つが「だからの愛」であるのに対し、「けれどもの愛」である。
クリスマスは、罪によって縛られ、汚れた人間を救うために、神がイエス・キリストを私たちにプレゼントしてくださったアガペーの愛の現われの日です。この愛によって罪に汚れた3つの愛も本来のすばらしさを回生させられる。だからアガペーの愛こそ「愛の中の愛」である。
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(参考:千代崎秀雄著「日本語になったキリスト教のことば」講談社) |
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三位一体 −正当キリスト教信仰のメルクマール−
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神学論争はしたくないと言っていた小泉首相が急に「三位一体革命」と言い出し、キリスト教のことばでも「神学用語」の横綱級のものを用いるのだから不思議だ。
だが実際には「三位一体革命」という意味がよくわからない。それは「三位一体」を「三者が一体」ぐらいにの意味か、戦争中「陸海空、三位一体の猛攻撃」と言ったのと同程度の理解で、「三位一体」の本来の意味を理解せず、誤用、乱用しているからだと思う。
「三位一体」という語は、本来聖書にはないが、聖書の神のことを表わす神学用語として、AD一八〇年から二〇〇年ごろ、ギリシャ人テオフィロス、ローマ人テルトゥーリアヌスが用いたと言われる。以来、歴史上の正統な教会は次のように聖書の神を信じている。
「神は父、子、聖霊なる神として、それぞれ区別されながら、上下優劣など従属関係ではなく、等しく神性をもたれ、永遠に存在される。このように本質において一つでありつつ、父、子、聖霊の三つの位格(ペルソナ)において存在される三位一体の神は、区別されつつ、分かたれることなく唯一にして永遠に存在される」
ますます、理解を難しくしたでしょうか。一般の方に「三位一体の神学」を理解して欲しいと願うつもりはない。ただ正当なキリスト教とそうでない、似て非なるものの目印として「三位一体」が重要であることを知っていただければ幸い。「キリスト教」の名を使いながら変な教えにひっかかり、本人も家族も悲惨な目に遭わないために。また、ことばを誤用して国民の目をたぶらかそうとするのを見抜くために。
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(参考:千代崎秀雄著「日本語になったキリスト教のことば」講談社) |
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キリスト教でいう “求道”
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筆者の持つ1955年版『広辞苑』で「きゅうどう」を引くと「旧道」と「弓道」だけで「求道」はない。「求道(ぐどう)」は仏教用語で「正しい道を求めること。安心立命の正道を求めること」とある。日本人は仏教に限らず様々なことで「道(さとり)」を求めることが大好きで、剣術を剣道に、柔術を柔道に、生花を華道に、はては極道まで。今年NHKの大河ドラマの主人公宮本武蔵はその典型でこういう人を好む。
ところがキリスト教では「求道」を「きゅうどう」と読む。教会で「一生求道する」というのは称賛の対象にはならない。仏教では「求道」は「さとり」であり、生涯かかって求めても到達したとは容易に言えないらしい。がキリスト教では「道」はキリストご自身をさす。キリストが次のように言っているのです。"わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。"(ヨハネの福音書十四章六節) この「道」とは「天国への道、救いの道」でありキリストご自身である。
だからある人が生涯のどこかでイエス・キリストと人格的に出会う経験を「回心する、信じる」と言う。それ以前を求道時代、求道者と呼び、回心、信仰を公に表明する洗礼を受けて「キリスト者、信者」と呼ぶ。
回心もキリストをされに知り、生きようと真剣に求めることも大切である。しかしキリストとの出会いはその人の人生に画期的であり転換点であることとキリスト教信仰では重視する。
筆者自身は1963年12月17日にキリストに出会い、翌年3月29日イースターの日に多摩川で洗礼を受けた。
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(参考:千代崎秀雄著「日本語になったキリスト教のことば」講談社) |
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クリスマス −その起源は異教の悪習を断つこと−
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クリスマスは国民的行事の一つといっていいでしょう。しかし、クリスマスを「ケーキを食べる日、プレゼントをもらう日、サンタの誕生日」等と思っている人もいます。
聖書にはクリスマスの語自体はありませんが、この意味は「キリストのミサ」(キリストの聖祭)ということです。よくX'mas と書いて「エックス・マス」と思っている人もいますが、Xは英語のエックスというより、ギリシャ語でキリストの頭文字のX(キヒー)と考えるべきです。
さて、初代教会ではキリストの復活を重視し祝いましたが、降誕を祝う習慣はありませんでした。
クリスマスの起源については諸説があります。
(1)ペルシャの宗教ペトラの「12月祭礼」、(2)アウレリウス帝が274年に国教にしようとした「不滅の太陽」神を記念する異教の祝日を教会が新しい意味を含ませてキリスト教に取り入れた、(3)北欧の冬至祭に行われていた人身御供の風習を止めさせるため人間の罪の身代わりとなったキリストの降誕を祝うようになった、という説などです。東方教会では早くから公現日として1月6日に、西方教会では4世紀中葉から12月25日に降誕を記念しています。
現在、クリスマスは、東方教会が1月7日、アルメニア教会が1月19日、西方教会(ローマ、プロテスタント)が12月25日です。
クリスマス・ツリーの起源について一言。722年以降、ボニファティウスという宣教師がゲルマン地方の宣教に従事しましたが、そこでゲルマンの創造神話によるモミの木に人間犠牲を捧げる習慣を止めさせるため、代わりに幼な子イエスへのささげ物をかけたというのが最初のクリスマス・ツリーであるとの説があります。
今年のクリスマスには、プレゼントを期待するより、イエス様にどんなプレゼントを差し上げるか考えては如何がでしょうか。
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(参考:千代崎秀雄著「日本語になったキリスト教のことば」講談社、丸山忠孝著「キリスト教2000年」いのちのことば社、等) |
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福音 −ゴスペル−
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○○癌や成人病に新薬が開発されたとき「成人病に福音」等と見出しがでます。
「福音」は"ふくいん"と読みます。"ふくおん"とは読みません。"ふくおん"と読むのは「複音」だけで、こちらは音楽用語です。
さて「福音」ですが、広辞苑では最初に「よろこばしいしらせ」とあり次に「キリストによる人間の救いの道
またはキリストの教え」とあります。これですと「福音」という言葉がもともと日本語にあったように思われますが、出典が記載されていないところからすると、聖書が「福音」の出典ではないでしょうか。
その聖書は旧約聖書と新約聖書からなります。「福音」の元になる言葉は旧約聖書に出てきますが、日本語や英語への翻訳では「福音」とは訳されていません。一方、ギリシャ語訳の聖書では、旧約聖書でも新約聖書でも、同じことばευαγγελον(ユーアンゲリオン)が用いられています。つまり「福音」は新約聖書からではなく、旧約聖書から始まったと言えます。
そのευαγγελιονの意味ですが、「良き、幸いな音信」すなわち意訳して「福音」です。同様に英語に意訳してgospel(ゴスペル)ですが、これはもともと古英godspel(god good+spell tale)からきており、「幸いな音信」、「福音」です。なお、英語にはevangel(エバンゲル)という語もありますが、こちらはユーアンゲリオンの音を訳したものです。
最近流行の"ゴスペル"は、「福音」である「イエス・キリストが人間の罪の身代わりに十字架にかかり三日目に復活されたことを信じる者は誰でも罪が赦され、永遠の命が与えられる」ことを歌うものです。「論語読みの論語知らず」ではありませんが「ゴスペル歌いのゴスペル知らず」にならぬよう「福音」を自分のものにしたいものです。そうすればあなたにとって必ず人生の、いや永遠の「福音」になるでしょう。
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砂上の楼閣
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広辞苑には「砂上に建てた楼閣の基礎がやわらかくて、転覆するおそれがあることから、永く維持のできない物事(或いは実現不可能)のたとえ」と記されています。
このことばがいつから日本語として確立したかはよくわかりません。「唇気楼」のことだと言ってすませることもできるかも知れません。
しかし、このことばはむしろ聖書の中でイエス・キリストの「山上の説教」から出たと考えるほうが意味の深みを増すでしょう。
「また、わたしのこれらのことばを聞いてそれを行わない者はみな、砂の上に自分の家を建てた愚かな人に比べることができます。雨が降って洪水が押し寄せ、風が吹いてその家に打ちつけると、倒れてしまいました。しかもそれぱひどい倒れ方でした」(マタイ7章26-27節)
50年前、敗戦の時、軍国主義による“大東亜共栄圏”が砂上に楼閣であることを知ったはずだった。ところが経済大国だと豪語していたら昨今は、それもまた砂上の楼閣だとわからされているのではないでしょうか。
いや、何よりも私たち一人一人の人生が砂上の楼閣になっていないか、今、立ち止まって考える時ではないでしょうか。人生において圧倒的嵐である死によっても倒れないように砂上ではなく岩の上に人生を築きたいものです。
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(千代崎秀雄著「日本語になったキリスト教のことば」講談社刊を参考にしています。)
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西暦 「Y2K」とBC・AD
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あと数週間に迫ってきた2000年1月1日には、日時を取り扱うコンピューターシステムではいろいろなトラブルが同時多発すると予測されることを「2000年問題」とか「Y2K」とか言われています。
2000年と言うのは、勿論、平成でも昭和でもなく、AD2000年のことです。「元号」がどうとか言っても、世界の歴史を考える上でも、現在のような国際的情報化社会の中でも、圧倒的にADが便利であり、実際に使われているということでしょう。
ところで、略号というのはよくわからないことがあります。「Y2K」と言うのは「イヤー2キロで、1000年の意」だそうです。そして、ADは「アンノ・ドミニ」(主の年に、の意)のラテン語であり、BCは「ビフォー・クライスト(Before Christ)」と英語です。それを私たちのことばではBCを紀元前と訳し、ADを西暦と一般化していますが、キリスト降誕を起源としているのです。ただし、歴史上のイエスの誕生は、正しくは紀元前7年ないし4年ということが近年の歴史学、聖書学によって明らかになってきました。中世の教会の計算は、資料の不十分さのために誤ったわけです。
ところでイスラエル共和国では独自の暦を利用していて、AD2000年1月1日はユダヤ暦5760年とのことです。そしてBCの代わりにBCEを使い、ADではなくCE(Common Era 共通暦)と言うそうです。あのナザレ出身のイエスを、預言者とは認めても、キリスト(救い主)とは認めないのがユダヤ教の立場なので、ビフォー・クライストは使わないのです。
それはさておき、2000年問題でいたずらに不安にならず、救い主イエス・キリストにある平安が、そして守りがあるように祈ります。
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(千代崎秀雄著「日本語になったキリスト教のことば」講談社刊を参考にしています)
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天主閣・天守閣
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今年は、フランシスコ・ザビエルが来日してから450年になります。1549年9月15日に鹿児島に上陸し、1551年11月には日本を離れましたが、日本に与えた影響は計り知ることができないものがあります。
その後10年間のキリスト教宣教により、当時の人口約800万人の中で50万人とも70万人ともキリスト信者が増えたと言われています。大名の中にも信者になるものがあり、権力者は徐々に脅威を感じ、迫害を加えるようになり、最終的には4万人の殉教者が出たとも言われています。
さて、当時、聖書の「唯一の神」を日本人の普通の言葉で表すのは、現代も同じですが、非常に困難なことだったようです。デウスを最初は「大日」と呼んだところ「大日如来」と誤解されてしまい、変な翻訳よりデウスをそのまま用いることにしました。しかし、当時の日本人としては漢字で書いてないと落ち着きが悪いということもあって、有名な「天正遣欧使節」(1582年)の時代にはデウスと「天主」とが併用されているのです。「唯一の神」「天にいます主なる神」を「天主」という言葉で表したのは、中国耶蘇会よりも早かったようです。
かくして当時のキリスト教は「天主教」として日本語となっていきました。同時に城郭の本丸の中央又は一隅に最も高く構えた物見櫓を「天主閣」と呼ぶようになったのです。キリシタン大名たちは「天主閣」で「天主」を礼拝したことでしょう。
キリシタン禁制と共に「天主閣」が「天守閣」に変わったのだろうと推測されます。ですから、日本的城郭とか建築とか考えられている「天守閣」を見たとき、もとは「天主閣」だったことを思い出し、400年前の日本人がそこで「唯一の神、天にいます主なる神」を礼拝していた光景に思いを馳せていは如何でしょうか。
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(千代崎秀雄著「日本語になったキリスト教のことば」講談社刊を参考にしています)
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ハルマゲドン 愛の勝利と希望の印
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ハルマゲドンは聖書にただ1回(黙示録16章16節)しかでてきませんが、最近は「オウム事件」等の影響でマスコミでも使われ、多くの日本人が知ることばとなりました。
本来はヘブル語で「ハル」が山を意味し、「マゲドン」は地名の「メギド」のギリシャ語化したもので「メギドの山」という意味です。
メギドという所は現在のイスラエル共和国で人口から言って第三の都市、ハイファの東南方向に位置します。ここは古来、ナイル川沿いの文明を結ぶ二つの重要交通路が通っていました。一つはエジプトから地中海沿いに北上した道でカルメル山で二つに分かれ、一方はフェニキアへ続き、他方は東に折れてメギドを通った「海沿いの道」でありました。もう一つは「分水界の道」と呼ばれる道で、ネゲブのベエル・シェバに始まり、ベツレヘム、エルサレム、ベテル、と北方に伸び、メギドに至るのでした。つまりメギドは海沿いの道と分水界の道とが交差するために、軍事的拠点として重視され、度々戦いが繰り広げられた場所なのです。
そのメギドが、何回読んでも難解と言われる黙示録に何故出てきたのでしょうか。
実は黙示録はローマ時代の読者にとってはそんなに難解ではありませんでした。当時、キリスト者は巨大なローマ帝国の中で迫害に苦しんでいました。愛なる神は、最後にはローマの権力も欲望をも神の愛と聖によって徹底的に滅亡させ、キリスト者とその共同体が永遠の共同体となることを黙示録を通してキリスト者に知らせたのです。ただ、ローマという実名を出せないので、バビロンとか、昔の戦いの場メギドを使ったのです。苦闘している民は、その真意を理解することができ、しばらくの苦しみの後に、真の喜びと平和が来るという希望を抱くことができたのです。
ハルマゲドン(メギドの山)は神の愛の勝利、希望の印なのです。
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(千代崎秀雄著「日本語になったキリスト教のことば」講談社刊を参考にしています)
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教会 キリストを信じる者の群れ
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「クリスマスは教会へ」と言われて寺に行く人がいるでしょうか。
「教会」が「キリストの教会」と理解されるようになったのはそんなに古くからではありません。
日本最初の「キリストの教会」はザビエルにより1550年頃山口で始められ、1552年、大道寺に創設されました。当時、教会を「エケレジア」(『どちりなきりしたん』)と称し、人々は「南蛮寺」と呼んだようです。
その後、1872年プロテスタント最初の教会が設立され、「横浜公会」と呼ばれました。既にあった漢訳聖書に「公会」とか「教会」とあった影響もあり、73年ヘボン訳「馬太(またい)伝福音書」では教会を「集会、公会」と訳しています。同年、「東京長老教会」がキリスト教として「教会」という名称を使ったのです。
ところが「教会」ということばそのものはキリスト教の新造語ではなく、仏教で信者が法を聴聞する集いを教会(きょうえ)と言っていたのです。ですから、「教会」は聖書から日本語になったことばとは言い難いのですが、その後「教会」がキリスト教の意味で一般に普及した面も事実でしょう。尚、聖書本来は「召し出された者の集会」の意味であり、英語のCHURCHは「キリストのもの」が変化したことばです。
さあ、クリスマスは教会へ!
そこでキリストに出会ってください。キリストがそこのオーナーとして待っていてくださるに違いありません。
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(『日本キリスト教歴史大辞典』を教文館刊を参考にしています。)
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